玄関
無原罪の聖母像の下にある入り口を通って中に入ると、そこは玄関(アトリウム)である。
ここでまず目にするのは、右壁に置かれたキリストの十字架像である。その御遺体は大理石で出来ている。本大聖堂創建の時からここに置かれた大十字架は何を意味しているのであろうか。聖堂内部に踏み入れると、正面奥の大壁画、「栄光の聖母マリア」が目に飛び込んでくる。今その喜びに胸躍らせることができるが、その前にキリスト教信仰禁制が350年も続いた。その間、観音様に扮させて聖母マリアへの信心を続けてきた。この十字架の時代を、自らキリシタンの子孫であるこの大聖堂の建立者であるパウロ田口芳五郎枢機卿は忘れることなどあり得なかった。このキリシタン迫害は、豊臣秀吉が発令した「伴天連追放令」(1587年)に始まり、1945年8月15日の太平洋戦争終結まで350年も続いた。この大十字架は、その何千何万人もの殉教者のことを思っての設置ではなかったか。また、その十字架は、我々が悪を避け、善を行い、平和を維持し、実現するために必要なことを意味している。この十字架の前の大理石の床には、ギリシア語のXP、つまりキリスト(メシアのこと)と、火がともされた油のランプが描かれている。このように十字架のイエスをメシアとして受け容れ、心の火をともすよう呼びかけている。
いよいよ聖堂に入るドアの上にはラテン語で、TOTA PULCHRA ES MARIA と書かれている。これは、「マリア様、あなたはすべてが美しい」の意。
聖堂に足を踏み入れようとすると、田口芳五郎枢機卿の司教叙階のときのモットーがラテン語で書かれている。
MATER MEA FIDUCIA MEA.
「わたしの御母、わたしの依りどころ。」
キリスト教信仰は十字架を担うことだが、聖母が心の支えだということ。